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品格を磨く編11 生命力を高める

安岡正篤に学ぶ 品格編

 生命力が刺激を受けると


人間というものは
もっと精神的な、
高い情操を刺激した時に、
本当の生命力が高まる。
出典元

イースト・プレス刊 安岡正篤 運命を思いどおりに変える言葉より

 

解説・この言葉から思う事

「生命力」と聞いてどのような事を創造されるでしょうか?

 

病気に負けない体力でしょうか?

 

体を鍛える事でしょうか?

 

半分当たっていて半分違うと思います。

 

「生命力」「命が生きる力」とは、
自らを治癒する力(自然治癒力)であり、
人間社会で生き抜いていくための精神力と言えます。

 

 

「安岡正篤師」が伝えたい「生命力」とは、
常に対社会に向けての高い理念と社会文化を
構築するためのエネルギッシュな力を指しています。

 

「生命力」を高めるためには、悪し様に他人や世間の
悪口を言い続けたり、恨んだり、同類と絡むまないことです。

 

自らの情操力を高める為に自身を鍛え、
人格者と交わり、人としてのあるべき姿を
模索し、古今東西の書籍から知恵を学ぶことです。

 

この様に「生命力」を突き詰めて考えると
精神的な刺激を受ける事が「生命力」を高める事と言えます。

 

精神に刺激を与えるとは

肉体に充分な栄養を補給することと適度な運動が
「生命力」を維持する力にはなります。

 

しかし、人間は「思考する」動物でもあります。

 

この地球上で人間が社会を構成し、
文明を進化させてきたその働きの根源は、「創造力」です。

 

精神的な刺激を発露させるためには、
この「創造力」を高めなければなりません。

 

逆転的に申し上げると、
「生命力」が弱まると「創造力」が鈍くなるのです。

 

より人々が安心して穏やかな社会を作り上げるためには、
強い「生命力」が必要になります。

 

一人一人の「生命力」が高まることが
社会を活性化させ、エネルギッシュな未来を
構築させていくことが出来るのです。

 

 

ただ、身近な人より贅沢をしたがることや
守銭奴の如く人を信じず、
お金儲けに走る人がいる社会。

 

人を蹴落とすことにしか思考が
いかない人ばかりの集まった社会は、
陰険で騙しあいが日常茶飯事になります。

 

これではまるで犯罪都市のようです。

 

最近はインターネットの発達に伴い、
顔や名前などの個人情報を一切出さないで、
正義感ぶりながら誹謗中傷を繰り返されとぃます。

 

この様な現象を当たり前と受け入れることは、
自らの「生命力」を弱め、社会全体の安寧を
脅かすものとなっていきます。

 

かつての日本の社会は、見知らぬ人と
すれ違いざまに目が合っても、
スッと互いに頭を下げ、
無言の挨拶を交わしたものです。

 

 

今や世間は、このような行為は
変質者扱いされています。

 

悪意を持っていない証明行為が、
犯罪者予備軍みたいに思われるこの社会が
エネルギッシュで豊かな未来を
築く文明と言えるのでしょうか?

 

私たちは、未来の生きる子らのために
自分たちの「生命力」を高め、安心して暮らせる
社会の基礎を再構築する時に来たことを
自覚しなければなりません。

 

精神的な高い情操を刺激するよう
切磋琢磨していきましょう。

 

 

 

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